The miracle under a starry sky
──星空の下の奇跡
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光の戦士が第一世界に来る少し前のユールモアであったかもしれないif妄想。
ユールモアの退屈な貴族と、双子のダンサーの話です。
※漆黒パッチ5.0を終えていない方は読まないでください※
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(1)ユールモアの美酒
ユールモアの民となってからというもの私は、退屈で干からびそうだった。味のない毎日。変わらない日々。真新しいことは何かないか探してもみるがこれといったものがなく、砂漠の砂のように、美酒だけを夢見て干からびるような気持ちが続いていた。一滴でいい。乾きから逃れられるものはないだろうか。今日もそれだけが悩みの日々だ。
「ユールモア一番の酒飲みだよ、君は」
飲み仲間の貴族は私をそう笑う。酒だけが最近の楽しみになっていたのだから、あながち間違ってはいないだろう。
「余計なお世話だ」
「酒ばっかり強くなっても、ここは乾くばかりだろうに」
友が、私に見せつけるように胸を二回トントンと叩く。見ないふりをして、グラスを回す。氷がカランとグラスとぶつかる音がした。
ユールモアの貴族は気に入らないとすぐに難癖つけて、芸術家をはるか下方の海に突き飛ばす。今もほら、見ろ。主人のお気に召さない絵を描いて、一人の画家が高台から飛び降りた。見慣れた光景に思わずため息が出る。
「今日もやってるね。ユールモア名物だよあれは」
「つまらん」
ああやって無かったことにする。いらなければ捨ててしまうのに、何故何度もユールモアの富裕層というやつは人を雇うのだろう。理解に苦しむ。
減った分だけ補充する。必要なだけ連れてくる。そのルールを元に今日、新たにユールモアに夢見る者達が、下層から連れて来られた。
彼らを迎えたのは、なんとこの私だ。あまりこういうことはしないのだが、何より他の上流階級の者達が次々に従者や芸術家を雇っては一喜一憂している姿を見ての気まぐれだった。
「まさか君が? 冗談は寝て言え」
「まぁそれが……なんというか、初の試みというのは人生における大事なプロセスであって」
「ご託はいいんだよ。で、どうするんだ? 妻のいない君だ。夜の相手にでも?」
「なんて下品なんだ、君ってやつは……」
友には散々茶化されてはいたが、私は、私なりにユールモアに貢献したかった。
ちょうど一人ダンサーが減ったと、ビーバイブの主人が嘆いていたのを聞いた。足りなくなったものを、補完する。ただそれを思えばの行動だ。ただ、その程度の気まぐれだ。
いざ、迎えにメイン・スティからの螺旋階段を降りていく。道化師に連れられて立っていたのはまるで女性のように細く、やせ細ったドラン族の双子の少年達だった。私が頼んだのはダンサー、一人だったはずだ。話が違うではないかと文句を言おうとしたが押し留まった。
道化師の後ろで不安そうに立っているまだ若い双子。銀の透き通るような髪。瞳は無垢で、不安だけを映している。普通のドラン族の男性よりも、角も小さく、尻尾も極端に細い。あまりに弱々しく見えた。突き返そうとした気分がなんだか冷めた。
気がつけば「まぁいい」などと返事をしていたのだから自分でも驚きだ。
双子のダンサー、兄のシアと、弟のルア。やせ細ったその体で踊りなどできるのだろうか。ふと先日、海に突き落とされた画家を思い出した。私も気に入らなければああするのだろうか。その時になってみないとわからない。
「ようこそ、私の元へ。さぁついておいで」
私の一声で双子が「はい」と同時に頷いた。
メイン・スティに上がるまでの間、彼らが何やら小さな声で話をしているのを聞いた。
「ルアが今回手を挙げてみようって言ってくれたお陰だ」
「だけど実際に僕の手を引いて前に飛び出したのはシアの方だったじゃないか」
「あの時のピエロの顔、今思い出しただけでもひやひやする」
「二人で連れていってって頼んだ時、すごい形相だったよね。『ボク、今回連れていくのは一人って言ったよね』ってね」
ルアが頬を膨らませて怒った道化師の顔真似をした。シアは思わず吹き出して、「やめろよ」と笑う。どちらかと言えばルアの方がやんちゃな性格なのかもしれない。
「だけど、まさか本当に二人一緒に連れていってくれるなんて思わなかった」
「確かに。ご主人様が許可して下さったお陰だね」
そう言われると、気まぐれと言えど悪い気はしない。
「ずっと舞台で踊れるのを夢見てた。ユールモアのメイン・ステイにはキャバレーがあるって聞いていたから」
「いよいよだね」
双子は顔を見合わせる。
「僕達の夢が叶うかもしれない」
重なる声。二人は満足げにまた笑った。まさに私達が今目指しているのが、そのキャバレー・ビー・ハイブだなんて言ったら二人はどれだけ喜ぶことだろう。
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ビー・ハイブの支配人は初めて双子のダンスを見た時、美しい所作、ステップ、指先のしなりに思わず「素晴らしい」と感嘆した。私はその一言に満足だった。
「どこで習ったのです?」
「以前、ユールモアに先に行かれた方に教わりました」
シアが丁寧に答えた。そしてルアが続けた。
「ですが、見当たりません。ビー・ハイブにはどうやらいないようですね」
きょろきょろと周囲を見回す双子に支配人はただ笑みを浮かべるだけだった。
それもそのはずだ。おそらく双子の言うダンサーは先日足を怪我してから、ヴァウスリー様の元に呼ばれたっきり戻ってこなかったのだから。
「そんなことより、さっそく明日の晩から、頼みましたよ。貴方達には観客をしっかり魅了して頂かなければ」
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まるで腰から羽をはやした小悪魔のようにステップを踏んで軽やかに跳ぶ。蠱惑的に笑みを浮かべながら、しなやかに腰を反らす。
──あんな熱に浮かされたようなダンスだよ? 目なんて離せるわけがない。見逃せないさ。……だけど残念だったね。仕方ないこともある。忘れたまえ。そんな紙切れ早く捨てるのが吉だ。
友は満足げに、だけど半分興味も無さげに、その二人のことを語った。終わったことは振り返っても仕方がない。それは私も同意だ。だけど、この手元にある手紙はいつまでたっても捨てられやしない。
双子が舞台に立った日、私はきっと一生忘れないだろう。私は彼らのことを誇らしかったし、迎え入れて本当に良かったと思えた。
体のラインが際どく強調された服を着て、その素肌をビビッドピンクや、オレンジ、ヴァイオレットのスポットライトが目まぐるしく照らしていく。銀の透き通る髪や、赤いルージュを塗られた唇がその度に色を変え、美しさと妖艶さを際立たせている。
支配人の下した異例の決定──初公演は花道で踊るトップダンサーの隣で双子を踊らせる。その言葉通り彼らは花道の真ん中で、トップダンサーの足元を観客を誘うように仰け反る。そのしなやかさはまるで猫のようだった。
二人のダンスに観客もスタッフも心を踊らせた。友は大喜びで、興奮したように歓声をあげた。
「いいね。君にしては実に趣味がいい。あの子達はしばらくの間貴族達の人気を集めるだろうよ」
双子のパンツのポケットや腰回りにはギルの札が何枚も挟まっている。もちろん観客からのお捻りだ。
普段舞台など見ずにトリプルトライアドを嗜んでいる女性もその日ばかりは舞台を見て微笑んでいたし、バーテンダーのミドランの男もカクテルを振っていた手を止めた。
支配人はというと、今夜の儲けに口許の笑みが止まらなかった。
双子の舞は決して完璧ではない、と支配人は言った。完璧じゃないけど、魅了される。それが何故だか貴方はおわかりになりますか?
私にはわからなかった。何故彼らが魅力的に映るのか。何故、人々の目を釘付けにするのか。
舞台で踊り続ける双子。仮面で隠された瞳の奥は、恐らく嬉しさに輝いているに違いない。それ程に二人は楽しそうに踊っていた。
そして何より二人の踊りを見ていると、聞こえるのだ。
見ろ。僕達はここにいる。ここで踊って、生きている。見ろ。目を離すな。
目の前で全力で踊る二人の姿は、今も思い出すだけで少しだけ、目頭が熱くなる。
(2)双子の踊る場所
「最近、髪が伸びてきたね。ルア、僕が久々に切ってあげようか」
「このくらいがちょうどいいから、いい」
目を隠すように伸びていたルアの前髪に触れようとしたところで手が振り払われる。距離を感じた、とまではいかないが、ここ最近、二人の間には多少なりとも変化があるのだと、シアは感じていた。
難破船から拾った布にくるまって身を寄せあい、眠っていた夜も、今は一人一台ベッドが用意されている。その日の食べ物さえ買うお金が無かったというのに、今は服さえも自分の好きなものを買えた。選択肢の多い生活で、二人は少しずつ違うものを好きになっている。
──だけどダンスだけは違う。
踊る時だけは二人は一つだ。それだけで満足だと、シアは苦笑する。僕達はどうしたって双子なんだと、ダンスの時だけは実感できるのだから。
ステップも、指先の角度も、違えることなく揃っていた。
それがある日、わずかにずれたのを、シアは見逃さなかった。
「ルア、今のところもう一回」
「うん、わかった。でも次の一回で少し休んでもいいかい?」
その日、ユールモアは昼間から天候が砂塵となった。いつもの美しいオーシャンビューは砂ぼこりに隠されていた。
「もちろんだよ。ダンスより君の方が大事だ」
連日連夜、ショーは大盛況。当然、双子も毎晩舞台のスポットライトに照らされる日々だ。
観客を魅了するダンスを踊り続けるには日々のリハーサルやレッスンにも手を抜けない。客が見ている舞台に立つ覚悟はもちろんしていた。
お金をもらい、披露するということはつまり、楽しませなければならない。魅せることができなければ、舞台に立つ資格はない。わかっている。だけど、この生活は想像以上にハードだ。
「少し休んだら大丈夫だから」
ルアは微笑みながらそう言った。
それから数日経った真夜中に、シアは目が覚めた。夢の中までもビー・ハイブの歌姫の歌にのって踊っていた。夢の中でまでは踊らなくてもいいのに、とため息が出た。まだまだ体に疲れが残っている。
二度寝をしようとして、隣の寝台に寝ているはずのルアの姿がないことに気づいた。飛び上がる。なんだか、胸騒ぎがした。ガウンを羽織り、焦って部屋を出た。
ルアはメイン・スティのバルコニーに立っていた。
「ルア、眠れないのか?」
シアの声に、海を見つめていたルアがびくりと肩を震わせた。
「ああ、シア……起こしちゃった?」
「ううん。構わないさ。何かあったのかい?」
「あのね、シア……僕はシアと踊るのが好きだ。本当に、心から楽しいんだ。嬉しくて、気持ちよくて」
ルアの頬に一筋涙が落ちた。
「僕もだよ。僕達は双子で良かった」
シアはルアの背中をトントンと叩いて宥める。落ち着かせるように抱き締めたが、思わず目を見開いた。ルアの体は、下層に住んでいた時よりもかなり痩せていた。ダンスの時着る衣装も緩くなっているとは思っていたが、触れてみるとさらにそれが実感できた。まるで骨に皮をつけたような、中身のない痩せっぷりだ。
ルアは、ポタリポタリと大粒の涙が溢れては嗚咽を漏らす。わなわなと唇を震わせて、暫くの間、泣き続けた。
しばらくして、泣き止んだルアが、掠れた声で呟いた。
「僕はいらないかもしれない。この為に僕は双子で生まれたのかも。きっとそうだ。どちらかが欠けても問題ないように二人で生まれたんだ」
「何言ってるんだよ。無茶苦茶だ」
「聞いて、シア。僕の体……」
──少しずつ罪食い化してるみたい。
ルアは、そっとシアを押し返して、目元を隠していた前髪を震える手で上げた。
そこには、罪喰いと同じ白と黒が反転したような歪な瞳があった。
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あの日、あの夜、僕達は二人で海に飛び降りた。
海の中は暗くて底知れぬ闇と、これからのことを考えれば不安でどうにかなりそうだった。だけど、何もかもを捨てて一つだけ大切なものを選んだのだから、後悔なんてするはずない。あるとすれば一つ。ご主人様にありがとうと言えなかったこと。それだけが心残りだった。僕達を拾ってくれて、雇ってくれて、そして、舞台に立たせてくれてありがとう。罪食い化した人間を手元に置いていたなんて、知らない方がいいに決まってるから、あの日、僕達は静かに立ち去った。
「手紙でも書いてみたら?」
アムアレーンにある旅立ちの宿で、アリゼーと呼ばれる小柄だけど強くて、格好いい少女に出会った。
「届くかな?」
「ユールモア周辺の事情に詳しい兄がいるの。貴方達も知ってるでしょ? だから、書いた手紙のことは私に任せなさい」
アリゼーは強くて優しい女の子だ。僕達双子に家族のように接してくれる。
アリゼーにも双子のお兄さんのアルフィノがいて、このアムアレーンにたどり着いたのも彼のお陰だった。
あまり人に事情を話せずにここまできたが、二人はそんな僕達を何も言わず救ってくれた。
ルアが他の人から迫害されたり怖い目にあうのが怖かった。何より関わった人達にあまり迷惑をかけたくなかった。そう思うと、話せることは少なかったのだが、アリゼーにはユールモアの主人のことを話すことができた。
「思いがあるなら、ちゃんと言葉にしなきゃダメよ」
「わかった。書いてみるよ」
すぐにアリゼーとテスリーンが用意してくれたレターセットに、言葉少なく手紙を書いた。
──突然消えてごめんなさい。
続けて、僕達は元気です、と書こうとして止めた。やはり、なんて書いたらいいのかわからなくなった。
ルアは日に日に、髪も体も骨のように白くなっていった。まるで人間から光そのものになろうとしているように、手や足、目や睫毛、唇など、体全体が白く色素が抜けたように薄くなっていく。
少しずつ体の機能を失ったように喋れなくなっていく中で、ルアが最近シアだけに呟く言葉があった。
──殺して。
だけど、まだどうなるかわからないのだ。まだルアの目から人間らしく涙が溢れるのを見ていると、ルアの気持ちがどうあれ諦めたくないと思ってしまう。
あの日。ユールモアの下に広がる広大な海を見つめた夜のバルコニーで、シアはルアの手をとった。ちょうどユールモアに選定される日のように。道化師の目の前に転がり込んだ時のように、しっかりと手を握りしめて海に飛び込んだ。
あの時からもうずっと決めている。
「諦められない夢があるんだ。アリゼー」
「その話、良かったら私に聞かせてくれる?」
アリゼーは不思議な子だ。いつも真っ直ぐだから、ついついなんでも話してしまいたくなる。
「踊りたいんだ。また、ルアと一緒に」
「諦めちゃだめよ。絶対に。最後まで諦めないのが私達のできることでしょ?」
そうだ。僕達はだからまだここにいる。旅立ちの宿と言えど、ここは終わりの宿じゃない。希望はまだあるはずだ。
それからしばらくして、アリゼーは黒髪に無精髭をはやした冒険者の男と旅立って行った。アリゼーの笑顔がいつもより一段と可愛らしくて、きっとあの冒険者のこと、大好きなんだなぁなどと、シアはルアの隣に腰かけながら思い出していた。
その後ろ姿は、なんだか舞台に上がる瞬間の僕達に少し似ている気がした。
「奇跡は何度だって起こせるんだから。見てなさい。私達はこの世界に夜を取り戻すわよ」
最後に、アリゼーが残していった言葉。奇跡は起きるんじゃなくて、起こせる。それってどういうこと? その背中を追いかけて聞きたかった。だけど、シアは代わりに静かに手を振った。アリゼー達は何かを成し遂げようとしているのだと、その背中が物語っていたから。その背中を止めるなんてこと、してはいけないと思った。
「シア……見て……」
最近では石膏のように動かなくなっていたルアに、肩を揺さぶられる。ルアの指が空を指す。シアは誘われるようにその指先を追って、目を見張る。
明るく、白かった空が真っ二つに割れて、暗闇と所々キラキラ光が点滅している。
──見てなさい。私達はこの世界に夜を取り戻すわよ。
アリゼーの言葉を思い出した。ああ、彼女達はやってのけたんだ。そう思うと、思わず立ち上がって、ルアの手を引いていた。
「ルア、踊ろう」
「うん」
ルアが小さく頷いた。
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ご主人様
お元気ですか?
突然いなくなってごめんなさい。
どうしてもご主人様にありがとうと伝えたくてこうして手紙を書きました。
こんな形になってしまい申し訳ございません。
ご主人様に初めてビー・ハイブに連れていって頂いた時、飛び上がるほど嬉しくて、僕達は今でもそのことが忘れられません。
ご主人様に雇って頂き、そしてショーに出ることができて、僕達は本当に幸せ者です。
わけあって僕達のいる場所はここに書くことはできませんが、今でも時々、僕達は踊って、二人で笑いあっています。
ご主人様もどうかお元気で。
シア・ルア
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The End