付き合う前のノロロワのお話。
毒が平気なロワと、オーラムのミッションに参加したノロの
苦難を書きました←
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毒入りのハーブティーを、毎日一杯飲む。そうすれば、わずかな痛みに慣れて、気が付けば毒が平気な体になるんです。
はるばるウルダハから来たというフォレスター属の商人。鷲鼻に、バイオレットの瞳。幼いロワよりもずっと背の高い男はロワの背の高さまでかがんで、にっこり笑って続けた。
──あなたもデューンフォークのしきたりを試してみましょうか。大丈夫、お祖父様の許可はもらっていますから。
そうして男は、幼いロワを椅子に座らせ、目の前にカップを差し出した。中身はロワの好きな紅茶ではなく、うっすら緑色をした液体だ。
ロワの一族は癒し手の家系だった。癒し手にとって一番大切なのは、戦場で誰よりも生き残ることだ。そのためには、まず身体を潜在的に強くしなければならない。それが一族の、そして今となってはたった一人の親族である祖父の方針だった。
「これを、のめばいいんですか?」
「ええ。これから毎日一杯。大丈夫、怖くありませんよ。貴方の一族の方々は皆こうやって幼い頃毒をならしたものです」
ロワは、フォレスター族の男は一体いくつなのだろうと、のんきに考えていた。まるで自分の両親や、祖父の幼い頃を知っているような言い方だったからだ。
ロワがぼけっと考え事をしながらカップを見つめていると、男はロワがハーブティーを飲むのに戸惑っていると勘違いしたようで、右手でロワの持っていたカップをさりげなく取り上げ、逆の手でロワの顎に触れた。必然的に斜め上を向かされて、男の紫色の瞳と視線が絡む。
「怖くないですよ。でも、最初だけは手伝って差し上げましょう」
男はロワの唇を開けさせて、カップを傾ける。毒入りのハーブティーをゆっくり、しかし、一気に流し込む。ロワが一息つこうと顔を背けようとすれば、力でねじ伏せるように、顔を固定された。ロワの唇の端からは幾度かハーブティーがこぼれ落ちたが男の力は揺るがない。
結局コップのハーブティーを残さず最後まで飲みきるまでは、放してもらえなかった。
「よくできました」
ごほごほと咳き込むロワに、男は満足そうにそう言って、頭を撫でてくれた。
それからロワは毎日毒入りのハーブティーを飲まされた。その毒は身体中を巡り、指の先や節々が痛むような感覚と、微熱を伴った。
──痛くない。痛くない。
小さな頃のロワはただそう自分に言い聞かせて、耐えるしかなかった。
♢
どこもかしこも黄金。生える草木も、道中の沼も、地から吹き出すガスすらも金を纏う。一見すると夢のような場所のそこは、オーラムヴェイル。通称、金の谷と呼ばれる、文字通り金色に満ちた谷だった。しかし、その正体はそんないいものじゃない。
「危ない!!!! ロワさん、退いて下さい」
何故? という顔をして、ロワはそのままマイザーズミストレルと向き合った。いくつもの触手が生えた茨のようなモンスター。その口は人を丸飲みできそうな程大きく、牙が歪に生えている。通常のモルボルよりもでかく、触手の先は鋭利だ。マイザーズミストレルはロワを今にも串刺しにしようとツルで襲い掛かる。すんでのところでロワは攻撃を避けた。
マイザーズミストレルの足元には同行した冒険者が二人。エレゼン族のナイトは、泡をふいていたし、ララフェル族の黒魔道士は完全に意識を失って、びくともしない。
オーラムヴェイルの金の谷という呼び名の由来は、ここに金塊があるからとか、財宝が眠っているからとか、そんな美味しい話ではない。視界に見える金色は、全てが毒。沼も、植物もそして、ここに生息する生き物もまた毒性を持っている。金の谷の金とは、すなわち毒を意味していたのだ。倒れている二人も猛毒に犯されていた。
ノロは内心かなり焦っていた。ここではエスナの魔法が効かない。誰かが毒状態になれば、解毒には谷に生息した特殊な実を食べる必要があった。加えて、ナイトが倒れている。パーティーの守り役である存在がいない今、ノロとロワは丸腰同然。盾も無く、守りもない裸のような状態で敵と対峙していることになる。形勢がピンチなのは一目瞭然だった。
「一旦引きましょう。分が悪い。体勢を立て直しましょう」
ノロは大声でロワに呼びかける。しかし、ロワは全く聞く耳を持たなかった。
──毒が苦しくないのか?
ロワは倒れている二人と同じだけの毒を浴びているはずだ。それなのに、苦しむ素振り一つ見せないのに違和感を感じる。
「僕は平気だから」
しかし当の本人からは呑気な声がかえってきて、ノロは拍子抜けしてしまう。
ロワの目が、恍惚として虚ろになる。体が何かに操られるように宙に浮く。エーテルがロワの身体から燃え盛る炎のように溢れ出した。その色は海よりも深いディープブルーだ。炎はロワの背中から生え、羽のように広がる。その光景に、ノロはぞくり鳥肌が立つのを感じた。
「トランス・バハムート……ロワさん、あれを一人で倒す気なのか……?」
蛮神バハムートを身体に憑依させる技。召喚士特有のスキルだが、あれは体力の消耗も激しい。
詠唱を伴わずロワは次々とマイザーズミストレルにルインガの魔法を撃ち込む。あまりの勢いに、敵も為すすべもなく、ただ次から次へと繰り出される技を受け続けた。毒に犯された状態で、トランス状態になるのだってキツイはずなのに、ロワは苦しそうな顔一つしていない。
ノロはロワの様子を見守りながら、ナイトに蘇生魔法をかける。ノロが詠唱を終えると、真っ青な顔をしていたナイトの顔に赤みが戻り、なんとか息を吹き返す。
ナイトが起き上がったのと、ロワの攻撃の手が一瞬止まったのは同時だった。マイザーズミストレルはその一瞬を逃さなかった。隙を見て、無防備なロワに一撃を食らわそうとツルを突き出す。
ロワに今にも刺さろうとしていたツル。鋭いその切っ先がロワの腹を目掛けて真っ直ぐ伸びるその様はぞっとする程ゆっくりに見えた。ツルはしかし、ロワの腹に刺さることはなかった。間一髪のところで、ナイトの盾が弾き返したのだ。
次の瞬間、ロワから煌々と光るエーテルの波動が放たれた。波動はマイザーズミストレルを包み込む。白い光の波動は、柱となって天に上り、マイザーズミストレルをその眩しいほどの炎で焼いた。デスフレアだった。
マイザーズミストレルに勝利し、なんとか無事全員が生き残ることができた。ロワが少し休んでから帰ると言うので、ノロは先に怪樹の実を黒魔道士に食べさせ、応急処置を施した。ロワにも怪樹の実を手渡すと、彼は不思議そうにその実を見つめていた。
ナイトが「ここからは私が」と、瀕死の黒魔道士を抱きかかえ、デジョンで帰っていってから再びロワに向き合うと、ロワは疲れて、眠そうな顔で怪樹の実を齧っていた。
「毒、苦しくないんですか?」
「色々あって、毒に関してはあまり痛みを感じなくて」
「色々って……でも痛くないだけで毒状態なんですから、無理は禁物ですよ。ほら少し寝転がって目、閉じてて下さい」
ロワの腕を取り、膝の上に倒れさせるように引っ張る。ロワは抵抗なく膝枕の状態になった。ノロはそのままロワの額に触れると、わずかに微熱があった。そのままエーテルを流し込み、癒しの魔法をかける。毒に痛みを感じないとは言っていたが、実際は身体に毒が回っている。諸刃の刃のような身体だと、ノロは思った。毒にかかっても、普通に動けはするが、毒は確かにロワの身体を蝕んでいるのだから。それがいいことなのか、悪いことなのか、ノロにはわからなかった。だけどさっきみたいな戦い方は良くないと思う。
「ノロ君、少し怒ってる?」
「怒ってないですけど……」
巴術ギルドの同期が戦いの最中、生死をかけるような状態だった。退けと言っても聞く耳を持たなかったロワに、微量ながら怒りを覚えていたのは確かだ。だけど、それだけではない。
「怖かった?」
ぎくりとした。この男は何を言い出すんだ。何か言い返そうかと迷ったが、癒しを施していた手をやんわりとロワに握られて、自分の手が震えていたのだと気づいた。ぐっと力を込めて、震えを止めようと焦るが逆効果で、手の震えは止まらなかった。ロワの手を振り払おうとしたが、思いの外、力強い手がそれを阻止する。
「少しだけ、手握っていてもいいかな?」
ロワは目をつぶりながら静かに言った。ノロはどう答えようか戸惑ったが、ロワはどうやら放してくれる様子も無かった。
「いい……」
小さく返事をする。
「ん?」
意地悪く、ロワが聞き返すので、今度は大きい声で答えた。
「いいですよ」
「ありがとう」
ロワは何故か嬉しそうに言うと、ノロの手を引き寄せて、胸の上に置いた。心臓の音が、布越しに手に伝わる。ドクリドクリと打つ脈は、ロワの身体に血が通っている証拠だ。
すーっと穏やかな寝息が聞こえて、ロワが眠ったのだとわかる。ノロはそのまましばらくオーラムヴェイルの谷に吹き抜ける風の音を聞いていた。戦闘の後の静けさ。さっきまで戦闘があったのが嘘かのように、世界が穏やかだった。ただ一つ、ロワの心臓の音だけが、先程、確かに自分達は戦い、そして勝利したのだと物語っていた。
(End)