月が時より雲に隠れ、また現れる。
 風が強く吹き、雲の流れが早い真夜中だった。
 パタンと本を閉じ、羽根ペンの切っ先についたインクを軽く拭き取る。ガラスの筆差しに羽根ペンを収め、インク瓶の蓋をきゅっと閉めて立ち上がった。
 紅茶の香りに誘われて、疲れてふらつく足取りでキッチンまで歩いていく。
 ティーポットにはもう既に冷めてしまってはいたが恋人が淹れた紅茶が残っていた。
 ふわぁと欠伸をしながら、ティーポットを持ち上げると、ポットの下に走り書きのメモ用紙が置かれているのに気づいた。
 ──たまには早く寝ろ。
 お手本のように綺麗に整った字。しかしここまで癖の少ない美しい文字を書ける人間をノロは一人しか知らない。
 こんな時間になるもっと前に、キッチンに立ち寄ると思ったのだろう。置いてから数時間が経ち、既に意味を失くしてしまったメモ書きの内容に思わず苦笑した。
「今から寝るよ」
 これでも何時もより早い。普段なら月光などとうに薄れ、朝日の明るいオレンジが部屋に差し込む頃、やっと寝床に向かうのだから。巴術の研究とはそれほどに夢中になってしまうものなのだから、こればかりは仕方がない。
 紅茶を飲み終え、月明かりを頼りにベッドに向かう。
 ベッドには先客がいて、スースーと規則正しい寝息を立てて深く眠っていた。先程のメモ書きを書いた張本人のロワだ。
 メガネを外し、ベッドサイドのテーブルに置いてから、こちらに背を向けた彼を包み込むように抱きしめて、横たわる。
「おやすみ、ロワ」
 小さく、語りかけるように呟き、金髪の間に見え隠れするうなじに軽くキスをした。
 目を閉じてそのまま眠りにつくはずだったのだが、眠気を遮る声がした。
「遅い」
 抱きしめていた体から寝ぼけ気味の声がする。
「ごめん」
「いいよ、いいけど」
 もぞもぞと腕の中で動き、寝返りをうったロワがこちらを向く。窓から差し込む月明りがロワを照らした。時より雲で遮られる月光が、暗く、明るく、暗く、明るく点滅するように繰り返す。
 段々とこちらに近づいてくるロワの顔。ぼんやりとしたその瞳に、ロワ寝ぼけてる? と声をかけようとした瞬間。頬に手を添えられ、噛みつくようなキスをされた。
「んん……」
 さっきまでこちらが抱きしめていたというのに、気が付けば覆いかぶさられ、唇を塞がれている。あまりに急なことに脳の処理が追い付かない。
 寝ぼけたロワはいつもよりずっと大胆で、下唇を甘えるように噛んだり、わざと音がするように唇を吸ったり、いつもより寝ぼけて力が弱いからか小動物に甘えられているようなそんな気分になった。かと思えば、首筋や耳といった弱い場所にもキスをしていくものだから、変に刺激されて下腹部にも熱が溜まりだす。
「もう……ロワ、ん……俺……」
 これ以上はやばい。そう思い、ロワに訴えかけようとしたところで、すんなりと唇が離れた。オッドアイの瞳がじっとノロを見下ろしてくる。
 少しむくれたような表情。寝ぼけて感情がむき出しになったような顔に緊張が走る。
「ちゃんといっぱい寝ろ……」
 そう言い放ちノロの胸にすがりつくように倒れたロワは、再び穏やかな寝息を立て始めた。
 あまりのことに呆然となる。今あったすべてがまるで夢だったのではないか。そう疑う程に頭の中で起こったことが整理できなかった。
 すぅすぅと寝息を立てるロワが、ノロの上で深い眠りについている。
 これはきっと目が覚めたら覚えてないんだろうな。直感がそう物語っていた。

(END)

 のべつ幕なし夜恋物語
 ――恋人たちの時間は真夜中も続く。

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